ワーク・ライフデザイナー 百々 美香

PROFILE

お茶の水女子大学卒業後、化粧品会社の営業職を経験し、広告業界へ。
飲食店の販促ツール企画、ITベンチャー系企業での新規事業立上げ、大手総合広告代理店でのウェブプロデューサー業務などに携わり、結婚・出産を経てフリープランナーとなる。
2016年に東京から帰郷し、福岡県・北九州市を拠点に活動。2017年に合同会社企画室Мを設立。ママ起業家集団(М)による企画会社代表を務める。
2020年より、専門分野の広告やブランディング、マーケティングという視点を活かし、“個人”を世界でたったひとつの商品として輝かせるワーク・ライフデザイナーとしての活動を開始。
キャリアに悩む方、仕事と家庭・子育ての両立に悩む方、リタイア後の第二の人生、第三の人生を検討する方などに向けた情報発信とセミナーなどを開催している。
プライベートでは10歳男児のママ。北九州から全国、そして世界につながるママコミュニティ「ミラ窓」の代表でもあり、ライフワークとして、未来を担う子どもたちの生きるチカラを育む体験学習の企画・開催に力を入れている。

STORY

私自身、幼少期は4歳から習い始めたピアノに没頭。音大進学、ピアニストを目指していましたが、高校進学時に両親から「費用のかかる音大ではなく教育大学音楽科にしてほしい」と言われたことを機に、ピアノをすっぱりと辞め、「音大に行けないのなら別の道を…」と、自分の将来を模索し始めました。それまであまり勉学に力を入れてこなかったのですが、ピアノの代わりにやりたいことが見つからず、「勉強しておけば選択肢が広がる」との思いで勉学に励んだ結果、成績は上昇したものの、行きたい大学、やりたいことは見つからないまま受験を迎えることになりました。
父がタンカーの航海士として海外で仕事をしていたこともあり、幼い頃から「田舎にいてはダメだ。都会や海外に行って視野を広げないと」と話してくれたことがずっと頭にあり、「とりあえず東京に行こう」と決意し、幼い頃から抱いていた「まわりの人と違うことをしたい」という想いから国立女子大を選択。学部は「新しさ」を基準に新設3年目の学部を選び、全てを偶然の選択で進学・上京することになったのでした。

大学生活はそれなりに楽しく過ごしたものの、「私は何をしたいのか?」「どんな仕事が向いているのか?」という私の自分探しの旅は、高校3年間どころか、大学に進学した後の4年間にも及び、大学進学時から目的意識を持っていた友人が万全の就職活動を開始している中、公務員試験も検討するが打ち込めず、就職活動をする気にもならない、当時は自分のやる気の無さにうんざりするくらいの状況でした。
そんな時、大学で就職セミナーを開催した化粧品会社と出会います。登壇していたのは当時38歳の大学のOGで初の女性取締役。美容にはまったく興味がなかった私でしたが、「30代の女性が取締役になれる会社だなんて先進的なのだろう!」という感動だけでその化粧品会社にエントリーしていたのでした。

エントリーしてみると、「エントリーシートに書けるような強みは何もない」と思っていた私を、人事の方が「営業に向いている」「もっと自信を持っていい」と励ましてくれ、勇気をもらうことができ、その流れで迷わずその会社の営業職として就職することに。入社後、飛び込み営業で「どんな商品でも売れる自信」を身につけられたのも、就活の時に出会った人事の方が私に勇気を与えてくれたからだと感謝しています。また、担当する販売代理店に対しても、「どんな商品でも売れる」という姿勢を、自ら販売してみせる行動で伝えていくことで、信頼を得ながら、ともに営業戦略、販売戦略の立案などを考えていく経営スキルを身につけることができました。

その後、広告業界に興味を持ち転職。やっと見つけた道とはいえ、自社のメイン事業でもある紙メディアの未来に行き詰まりを感じていた時に、「これからはインターネットの時代。広告やるんだったらインターネット業界にしたほうがいい」という知人のアドバイスを受け、モバイル業界を経てIT系ベンチャー企業での新規事業立上げにジョインすることになったのでした。よくわからないけど面白そう…それだけの理由で、知人の誘いを受け、よくわからないITの世界へ、ベンチャーへ飛び込んでみることができたこと、そしてその新規事業立上げの中で得た、マーケティングの知見や人脈、プレゼン力などは、後々、私自身の「自信」へとつながり、その後、国内最大手の総合広告代理店へ転職、ウェブプロデューサーとして活動した後、結婚・出産を経て起業、今に至ります。

もしかしたら、私のこのストーリーを「順調なキャリア」を歩んできたように思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、これまでの人生の大半は「私は何をしたいのか?」「どんな仕事が向いているのか?」を模索し続け、自身への「自信のなさ」と戦い続けてきたというのが私の本音です。そのために、涙を流したこともたくさんありますし、失敗したこと、人に裏切られて傷ついたこともあります。
ただ、そんな私が幸運だったのは、「自分で答えを出せなかったからこそ、まわりのアドバイスに耳を傾け、不安ながらも知らない世界に飛び込んでみようと思えたこと」。つまり、私のキャリアは全て、“後づけ”で成り立っていて、当時はわからなかったけど振り返ってみれば今、なかなかよかったよねと思えるということでもあります。

そうした経験を踏まえ、私が伝えたいこと。
それは、「キャリアは順調なロードマップを描けなくてもいい」ということ。計画通りに進む人生なんて難しいし、未来がすでに見えているものはワクワクしない。更に、変化が激しい時代において、未来を予測することなんて不可能なのだから。

それよりも、あなたが経験してきた点と点を後づけで紐づけしていきながら、そこに時代性をかけ合わせる、「経験A」×「経験B」×「時代性」を無数に生み出せるセンスを磨いていくことのほうが重要。そこに必要となってくるのが「マーケティング思考」だと思うのです。

私はキャリアコンサルタントなどの資格は有していませんが、マーケティングのプロとして、変化の激しい時代や市場にあわせて、あなたが持つ強みも弱みも含めた「等身大の魅力」を輝かせていくお手伝いができると思っています。
商品を輝かせ必要としている方へ届けること、また商品の可能性を拡げる新しい市場を作っていくというマーケティングが果たす役割は、人を輝かせること、その方が輝ける新たな市場を生み出していくことと手法としては同じだからです。

実際に今私は、化粧品会社で培った「女性たちの化粧品ビジネスを育成してきた経験」を活かし、「女性起業支援」をしていますし、「女性起業支援」×「企画力」でママ起業家集団の企画会社を立ち上げました。更には、「女性起業家支援」を派生させた「子どもの教育事業」を立ち上げ活動していますし、これを将来、「子ども」×「企画力」とした、子どもプロデューサーが主役となるイベント企画や商品開発などにも広げていきたいと思っています。つまり、私の人生において重要な位置を占める「我が子の教育」「我が子の未来」と、「自身の経験」そして「時代性」をかけ合わせた仕事を私の生涯をかけたライフワーク、生きがいにしていきたいというのが私の夢でもあり、ワーク・ライフデザインでもあるのです。私にとって、ワークとライフは一体であり切り離せない、それが私の生き方です。

「ワーク・ライフバランス」という言葉が生まれて久しいですが、これからの時代は、「ワーク」と「ライフ」の境目が曖昧になっていく時代でもあり、バランスを取るどころかミックスされてぐちゃぐちゃになりながらも、相乗効果を生み出していく、、そんな時代になるのではないか、多くの女性がそんな生き方を理想としていくのではないか、そのように私は感じています。
また一方では、「自分の人生(ライフ)」をデザインしていく中で「自分らしい働き方(ワーク)」をどう位置づけるのかという「ビジョン」を持つこと、ぶれない「自分軸」を持つことも重要になっていくような気もします。

ぜひあなたも、キャリを一本道で考えるのではなく、またどこかの誰かとおなじキャリアを描くのでもなく、人生100年時代におけるあなただけの「自分らしい生き方・働き方」を築いていきませんか?
私もそんなあなたとともに、輝いていきたいと思います。